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愛されています  「園長たより」から

愛されること

父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。とイエスさまの愛に留まることをイエスさまは私たち語って下さっています。

私があなた方を愛したように」、ここが大切なんです。自分は、愛された存在であるということです。意外と自分が愛された存在であるということに気づき、「はい」と自分を肯定できるまで大変なんです。これに気づくまで私は時間がかかりました。人生を終わろうとするとき、

やっと愛されてきたなと実感出来るようになったかというと途上ですね。そのことに気づいたとき「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。と愛されるよりも愛する人へと変わっていかなくてはと思う歳になっていました。

 

振り返ってみると

新型コロナウィルス感染が止まらない中で、高齢者は嫌が上でも死と向かい合わざるをえません。今まで歩んできた道を振り返ることが多くなりました。

この年になって恥ずかしいことですが、両親、兄、姉にどんなに愛されてきたかということに気付いたのです。

今でも思い出します。病弱な私はいつも熱を出して、夜中に診てもらえる医者を何軒も父は回って連れていってくれた思い出、母は和裁台の前で寝込んでいる私に本の話、郷土の歴史を話してくれたこと、両親が別居したとき家事を全部して私の世話をしてくれた姉、今も私のことを気にしてくれる兄・・・。思い出と共に捨てがたい愛された思い出で一杯です。

愛されてきたんだと今さら実感する悔いがあります。

 

あなたは愛されていることだけを教えてください。

初任地は児童養護施設をもっている教会でした。園長から「先生、この子たちに偉い知識なんて教えてもらうことを先生に期待していない。なにがなんでも子ども一人一人が神さまに愛されていることを全力で教えてください。それがあんたの仕事や」と言われました。

今、振り返ってみると園長のいわれたことにどれだけ応えられたか心もとない。ただ、一緒に遊び、みんなが寝込む時、指導員と抜けだして年長の子どもたちとうどん屋にいったこと。成績の悪い子どもにやまかけをしたこと・・・。卒園生を大学に入れるために奔走したこと。その子が福祉施設の長となり、 新型コロナウイルスが児童養護施設に与える影響などについて天皇陛下に説明するために面会した。頑張って、大学を出て、偉くなったと感心する。

園長の心 

「なにがなんでも子ども一人一人が神さまに愛されている」という園長の思いが卒園生の彼に届き、幾多の困難を超えさせていったのかもしれません。

 神さまに愛されている、神は愛であるということがすべての困難さを超えさせる力となっていきます。

 私は引退まで後3年となりました。私の心は神は愛であるということ、なにがなんでもあなたがたは神に愛されているということを私の心として保育にあたっていきます。

 

愛され愛する 

 みなさん、子どもを愛そうという気持ちはとても深いものだと感じています。 しかし、なにがなんでも皆さん一人一人は神さまに愛されていることからすべてを始めてください。神さまに愛されているということに気づいて自信をもってください。ここから愛するということが始まります。

 最後に、愛されるって、どんな人であっても神に大切にされていると聖書はいうのです。

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